ボールに見る戦略的意思決定の難しさ

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野球やサッカーなどのスポーツを見ていて「何でこのタイミングで選手を変えちゃうんだよ!ここにきて臆病風に吹かれたのか!」とカチンと来たことはないでしょうか?

試合で戦略を実行する立場にある監督ですが、その意思決定をファンという立場から見ていると、もどかしく思うこともあるでしょう。

  • どうしてその選手を信じてやれないのか?
  • 戦略は間違っていないのになぜここに来て変更するのか?
  • 多少の失敗で動揺するとは情けない指揮官だ!

などなど、いろんな感想が寄せられるでしょう。

「戦略は合理的で正しいのに、怖がって正しい意思決定ができていない」そのように感じることもあるはずです。

しかし、合理的で正しい戦略だからといって、すんなり意思決定できるほど簡単なことではありません。


意思決定の難しさを、地球連邦軍を例に使って解説していきます。

地球連邦軍の将軍であるあなたの元に、部下から兵器開発計画の稟議書が上がって来ました。

ジオン軍の主力であるザク・リックドムは手強く、急いで量産して現場配備したRGM-79ジムは生産数が足りません。

各地の生産工場もジムの量産で忙しく、ジムの生産ライン増設もすぐには行えない中、前線からはモビルスーツの補充要請がひっきりなしで止まりません。

一年戦争での人的被害も大きく、コロニー壊滅による経済的打撃で軍需産業以外の株価は下がりっぱなし。

経済環境も悪く、ジオン軍に押されたままでは地球連邦の政治体制に不満を持つ独立派も勢いづいて内戦も始まりかねません。

トップマネジメントであるあなたは、逆境を打破してジオン軍との戦争に勝利するための意思決定を迫られています。


そんなとき、あなたの手元にきた稟議書に書かれていたのは・・・

 

こんな、つぶらな瞳の戦闘ポッドの量産計画でした。

これはジムのようなモビルスーツですらありません。

民生用の宇宙ポッドSP-W03に180mm低反動砲を取り付けた代物です。

相手にしなくてはならないのはザクやリックドムですが、ジェネレーター出力はジオン軍モビルスーツの3分の1しかありません。過去に量産していた航空機型の方がまだマシに思われるようなレベルです。

銃器があるといってもジオン軍と比べれば兵器と呼ぶのもおこがましいかもしれません。


この量産を決めた背景には何があるでしょうか?

一年戦争初期のルウム戦役において、地球連邦軍の戦闘機はジオンのザクに良いようにあしらわれて全く歯が立ちませんでした。

ジオン軍のシャア・アズナブルは赤いザクを駆って戦艦5隻を沈めて「赤い彗星」の異名をとり、この戦果で2階級特進して少佐となったくらいです。

「これからはモビルスーツの時代だ」と思わせるような時代の変わり目でした。その後、遅ればせながら地球連邦軍もV作戦を発動してモビルスーツの開発に着手します。ガンダム・ガンキャノン・ガンタンクがホワイトベースに配属され、連邦でもモビルスーツ運用データが蓄積されていきました。

地球連邦軍もホワイトベースによってモビルスーツの実績を積み、既存兵器で対抗できないことも実証されました。この時点で「ガンダムを元にして、ジオンと同じようにモビルスーツを量産する」というジム量産の意思決定は比較的容易にできたでしょう。

ジム以外の型式のモビルスーツとスペックやコスト面で競合したかもしれませんが、それでも「ジオンと対抗する為のモビルスーツを開発する」と決めることはできたはずです。このジム量産の意思決定はそれほど難しいものではないでしょう。


しかし、ジムの量産の次にあなたの元に届いたのは「ボールの量産計画」なのです。

とてもジオンのザクと戦えるなんて思えないスペックです。

戦場ではジオンの赤い彗星が恐れられているというのに!

リックドムと戦う前線からはモビルスーツの必要性を訴えられているというのに!

よりにもよって、こんな民生用宇宙ポッドの改造計画が上がってくるとは、どういうことなのでしょう?

 

そこには相手に勝つ為の戦略という考え方があるのです。


そもそも、戦いに勝つための最もシンプルな発想は「相手よりも戦力を充実させて正面からぶつかる」です。資源が相手よりも十分あるなら、奇策を考えるまでもなく豊富な戦力で挑めば済む話です。

地球連邦軍にはジオンを上回るヒト・モノ・カネがありました。本来であれば、ザクを圧倒するモビルスーツ(ジム)を量産し、パイロットを育成して戦線に山ほど届ければ勝てる戦争でした。この戦い方を「消耗戦」と呼びます。

しかし、量産を開始したジムは歩留まりが悪く、戦力を早急に増やさなくてはいけないのに間に合わない状態でした。連邦軍には「時間」がなかったのです。

限られた時間の中で、投入できる資源の割り振り方を考えなくてはなりません。ヒト(パイロット)・モノ(モビルスーツの材料)・カネ(予算)が限られているが故に、相手に勝つために必要な要素を選択し、そこに集中して投入すべきなのです。

「相手に勝つためにどこに資源をつぎ込むかを決定する」これこそが戦略的思考です。

消耗戦で勝つという地球連邦軍の基本戦略を実行する上で、限られた時間で戦力を増強する戦略兵器こそがRB-79ボールだったのです。

ボールは「選択と集中の権化」と言っても過言ではない設計になっています。

ベースになっているのは民生用宇宙ポッドですから、モビルスーツとの戦いは全く考慮されていません。ザクに接近されてヒートホークで切られたらなす術もなく負けます。そもそもスピードも出ませんから前世代の戦闘機に攻撃されても負けるでしょう。パイロットからしてみればたまったものではありません。

このように「戦闘に巻き込まれたら負ける」という、兵器としては異例の「接近戦用の装備を捨て去る選択」をしています。

ボールに装備された180mmキャノン砲はガンキャノン(240mm)とガンタンク(120mm)の中間に位置する口径であり、モビルスーツとの戦いでは遜色ありません。命中すればザクといえど撃破できるだけのスペックは十分持っています。

また、元が民生用宇宙で駆動部も少ないことから、パイロットの育成期間も短い期間で可能と見て間違い無いでしょう。コストもキャノン砲の量産と取り付けだけで済み、経済的です。

つまり「時間を掛けずにジムの配備数不足を補う」「ジオン軍のモビルスーツを撃破する」ために必要な要素を盛り込み、それ以外の要素を極力削り落としています。まさにボールの量産計画は地球連邦軍の基本戦略に則った非常に合理的な選択肢でした。


では、あなたはこの合理的なボール量産計画に簡単にサインできるでしょうか?

  • スペックを見れば、敵モビルスーツに簡単に撃破されることが明確です。
  • メディアからは「あんな付け焼き刃の宇宙ポッドを量産したって無駄だ」と非難されます。
  • パイロットからは「乗れって言われても、これはまるで棺桶じゃないか」と悲痛な叫びが聞こえて来ます。
  • ジムの生産が間に合うまで持ちこたえて、しっかりしたモビルスーツを前線に送るべきだという将校の意見もあるでしょう。
  • ボールを量産する予算があるなら、連邦軍もザクレロのようなモビルアーマーを開発すべきだ!と主張する技術者も出てくるかもしれません。
  • ボールの大規模量産に予算を使い切ったら、他にリカバーする策がなくなる!と悲観する経理担当もいたでしょう。

合理的な戦略だからといって、意思決定が簡単にできるとは限りません。


スポーツの試合の裏でも指揮官の頭の中には、ファンが想像できないような様々な葛藤があったはずなのです。

「このままやったら勝てる」と思いながらも、心配になる出来事があれば撤回することもあります。別の手を打って裏目に出てしまうこともあります。それくらい意思決定とは微妙なもの。

戦略とは、あらゆる反対を押し切ってボールの量産計画を承認する勇気です。

ボールの量産計画の裏に潜む戦略的意図を理解して、稟議書にサインできるでしょうか?

 

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