基準値を定めるKKDメカニズム

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神戸製鋼所に続いて、日産自動車でも品質管理問題が報道されています。本来は有資格者が行わなくてはならない検査を無資格者が行っており、有資格者の印鑑を押して出荷していたというものです。日産自動車は国内向け全車両出荷停止に追い込まれてしまいました。

先日のコラム「神戸製鋼所のデータ改ざん問題と品質問題 〜過剰な出荷前検査に乗り出す前にやるべきこと〜」では検査基準値は安全マージンによって拡大していくことを説明しました。最終製品の検査の結果、破損につながる不具合はまだ報告されていないので、安全マージンの中で吸収できているようです。

今回は、基準値の設定の仕方を説明していきます。


例として、自動車が事故を起こす確率を考えてみましょう。

図のように、猛スピードで走行している場合は交通事故に遭遇する確率も高いと推測できます。特に歩行者の多い市街地を走っている場合は時速100kmだと、かなりの割合で事故が発生してもおかしくないと納得するでしょう。逆に郊外を走っているとそこまで高い確率にはならないかもしれませんが。

自動車の走行スピードと交通事故発生の確率と間には、スピードが出るほど事故確率も高まるという正の関係が認められます。


では、事故が起こらないようにするには、どのような速度制限を設けるべきでしょうか?

高速で走っている時の速度と事故発生確率の間の関数が分かったとすれば、それを低速の領域まで伸ばしてあげれば、事故が発生しない速度を求めることができると考えられるでしょう。

このように、低速の領域の関数を求めることができれば「この速度以下に制限してください」と提言することも簡単です。

しかしながら、現実はそのようにはなっていません。

速度が低くなり、確率が低くなったとしても完全なゼロには到達しないのです。自動車の例では、人が歩く速度並みの徐行運転であっても人を怪我させてしまう事故は発生しています。

また、低速の場合は綺麗な関数にならず、ばらつきも大きくなります。「速度が速いと事故が起こりやすい」という経験則があるとは言っても、時速2kmが時速1kmの倍の確率で事故が起こるとは到底思えませんね。

そうなると、データ(ファクト)と、数式(ロジック)で基準を求めることができなくなります。

「この辺なら大丈夫かな」という勘と経験と度胸(KKD)の世界に突入していくのです。

「その基準で本当に大丈夫なのか?」「それより低い値でも事故が発生した事例があるぞ!」「問題が起こったらどう責任を取るんだ?」あたりのセリフは飛び交うようになってくると、安全マージンはむくむくと膨れ上がり、もはや数式の世界ではなくなった基準値はどんどんと厳しくなっていくのです。


そもそも、物事の因果関係は非常に複雑です。

ある特定の原因が強く働いている状況では、因果関係はとてもはっきりとしているように見えます。しかしながら、着目した原因の働きが弱くなっていくにつれて異なる形の関数になってしまい、因果関係が見えにくくなっていくのです。こうなると、着目している原因以外の影響の方が大きくなってしまうこともあります。

例えば、地震の強さと、飾っていたガンプラが破損する確率との間には因果関係があるように見えます。震度3よりも震度7の方がガンプラが壊れる確率が高いよね、と言われれば納得するでしょう。

 

ここで「震度幾つ以下ならガンプラは安全ですか?」という問いに対しては何と答えるでしょう?

震度1であったとしても、壊れる時は壊れるので何とも言い難いですね。震度1になったら、地震の影響よりも猫様の機嫌の方がはるかに影響するかもしれません。こうなると「震度幾つ以下ならガンプラは安全ですか?」という問い自体が意味をなさなくなるのです。

それでも「安全基準を考えてないのか!」と言われると困るので「何となく・・・震度2くらい?」みたいな感じでえいやで基準を設けなくてはなりません。

低い発生確率の事象を考えたとき、基準は主観的に担当者が安全そうに感じる部分で設定せざるを得ません。データに基づき科学的な根拠が一見ありそうにも見えるのですが、実際にはKKDの世界なのです。


KKDで定められた基準についても、定期的に検証することをお勧めしています。

例えば、塗装する場合を考えてみましょう。時間とともに塗料が乾燥していき、やがて溶剤が全部揮発して完全に乾きます。グラフで見ると、時間の経過とともに右肩あがりに上がっていき、やがて一定になります。

確実に塗料が乾くまで何分かかるかは塗料と色を塗った材料によっても変わってきます。理論的に乾いた時間を計算で求めることは難しいのですが、過去の経験に基づいて「これくらいなら確実に乾燥しているだろう」と安全マージンを乗せて基準を定めています。急ぎ仕事の場合、この待ち時間の設定は納期に影響してくる重要な部分です。

しかし、塗料の入れ替えが行われて待ち時間が変わっているはずなのに、基準の検証が行われることなく「最低○時間は寝かせて乾燥すべし」という従来からある格言が大事にされて続けることも起こります。

基準を設定した当時の人たちは、何かしらの事象が起こって基準が設けられたことを知っています。しかし、時間が流れて人が入れ替わっていくと、背景を知らないまま基準だけが残っていき「よくわからないけど伝統で待ち時間が決まっています」ということになりかねません。

特にボトルネックとなる工程においては、作業基準は定期的に実験して検証し、安全マージンが過剰ではないかをチェックしていくことが望ましいのです。

人は慣れ親しんだ基準をわざわざ見直すようなことはしません。米国の疫学者ウィリアム・セジウィック氏は「基準というものは、考えるという行為を遠ざけさせてしまう格好の道具である」と述べています。

そのため現場におけるムダの検証をしていても「それは○時間待つものだから」とそこで思考停止してしまい、検証を怠ってしまうことが発生します。

KKDで定められた基準は、当たり前に固まってしまうと自発的には見直しが進みません。現場改善を行う上では、このような「現場の常識」を打破できるような工夫を考えておく必要があるのです。

 

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