マ・クベ少佐に学べ!コストと納期を半減させた生産性向上計画:ゲルググへの軌跡

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あなたはマ・クベと聞くと何を思い出すだろうか?

  • タマネギ型の巨大モビルアーマー・アッザムを駆って、キシリアの前でええとこ見せようとして失敗したシーンだろうか?
  • ランバ・ラル隊に補充を送らず、黒い三連星を撃破されたところだろうか?
  • オデッサ作戦で水爆ミサイルをぶっ放しながら失敗し「ジオンはあと10年は戦える」と捨てセリフを残したところだろうか?
  • ギャンに乗って、機雷や罠を仕込んだ一騎打ちをガンダムに仕掛けて返り討ちにあったシーンだろうか?
  • やはり最期の「あれはいいものだ」という辞世の句だろうか?

目を閉じれば、走馬灯のようにマ・クベの勇姿が浮かんでくる方も多いだろう。

 

実はあまり知られていないことなのだが、彼がジオンのモビルスーツ生産性向上に果たした役割はとてつもなく大きいのである。

本稿では、知られざるエピソードとそこから得られる教訓を紹介したい。


ジオン軍ではジオニック社製のMS−06量産型ザクが一気に普及し、パイロットたちもザクの操縦訓練を受けて配属されていった。

その後、ジオン軍は投入する戦場の環境に応じて、ザク以外のモビルスーツを次々と開発して導入するという戦況適応型の配備戦略を採用した。

地球連邦軍の量産機がボールとジムで統一していたことに比べれば、ジオン軍の配備モビルスーツの種類は多かった。

開戦当初ジオン軍が開発した新型モビルスーツは、ザクとの部品互換性をほとんど意識せずに設計された。部品の標準化やモジュール化は行われず、開発者は上層部から言われたスペックが出るようなモビルスーツを設計し、生産ラインに持ち込んだわけである。


ジオニック社の場合、ザク以外のモビルスーツは少数のグフがあったくらいなので、比較的影響は軽微だったと言える。

ジオン公国にはジオニック社以外にも、ドムを代表とするスラスター出力の大きなモビルスーツ開発が得意なツィマッド社、ズゴックやモビルアーマーなどを得意とするMIP社が存在する。

この2社はドム・ゴッグ・ズゴッグなどの自社製品以外にも、ザクのライセンス生産も請け負っていた。ジオニック社と比較して、自社の生産ラインに流れるモビルスーツの品種が多く生産コストが高かったことが推測される。


パイロットの訓練も、モビルスーツごとに操縦方法が異なる場合は再訓練に時間を要してしまう。ベテランパイロットにとって、身について慣れ親しんだ動作をリセットしてやり直すのは相当にリスクが高い。0083デラーズ紛争の時にも、配備されていたゲルググやリックドムではなく、慣れ親しんだザクを駈るベテランパイロットの活躍が認められているくらいである。

まとめると、ジオン公国のモビルスーツ運用は、MS−06量産型ザクという1品種大量生産品が採用されながらも、戦況に応じて投入された多品種少量生産のモビルスーツ群が混在するという面倒な状況であったのだ。

こうなると生産ラインに加えて、戦地での運用・メンテナンス部品の在庫管理・調達管理全てが大変複雑になってしまう。地球連邦と比較し、資源が圧倒的に劣っているジオン軍がコスト高なオペレーションをしていたことになる。


このようなジオン軍の高コストオペレーションを開戦前から予測し、モビルスーツ生産の効率化をさんざん訴えていたのがマ・クベ少佐だったのである!

「部品の共用化」「操縦系の共通化」「生産の簡略化」を狙った統合整備計画を強く上層部に進言したのである。

計画が実行された時にはすでにモビルスーツの設計は完了しており、初期の頃の現場管理コスト増大を避けることはできなかった。

しかし、1年戦争の後半からは共用化の効果が発揮され、1年戦争末期の3社が共同設計したゲルググの生産を間に合わせることができた。

この3社が設計データを共用しながら量産までこぎつけることができたのは、マ・クベの統合整備計画の地ならしの影響が極めて大きかったのだ。

ちなみに、アムロがガンダムに乗り込むのが宇宙世紀0079年9月18日であるが、マ・クベの統合整備計画がスタートしたのが同年2月である。アムロがガンダムに乗る半年以上も前から、マ・クベはモビルスーツ生産・運用の効率化・生産性向上に汗水垂らしていたのである!


さらに、このマ・クベの統合整備計画のメリットは戦後に大いに生きた。

徹底した部品の共用化・操縦系の共通化によって、ジオン軍モビルスーツのメンテナンス性と可用性が飛躍的に高まったのである。

0083年にノイエン・ビッター少将率いるジオン残党軍がアルビオンの前に立ちはだかり、0088年には砂漠のロンメル部隊がガンダムZZと戦った。最終的には1年戦争から20年近く経ったユニコーンガンダムの時代になってもジオン残党軍のモビルスーツは立派に動いて戦うことができたのである。まさか宇宙世紀100年を目前にして、生産されて20年近く経過したジュアッグやゾゴックがまともに動いてジム3と戦っているのである。

彼らの奮闘の裏にはマ・クベのモビルスーツ生産革新があったのだ。彼の功績を改めて見直す機会となるかもしれない。


マ・クベが行ったことは、徹底した部品の共用化・規格化・標準化であった。部品の種類を増やさず、すでにある部品を組み合わせて使うという考え方である。

これは言うほど簡単なものではない。

設計者が理想とするパフォーマンスを最大限発揮したいと思えば、専用の部品・専用のソフトウェアを利用することが望ましい。そのためだけに設計・生産されたものであれば理想に妥協することなくパフォーマンスを発揮するはずだ。

特に新製品を企画した者・設計した者は自身の納得する性能を最大限に発揮したいとも思うもの。それを「特殊部品は一切使うな」と言う上司の一言のために、我が子のような製品に理不尽な制約を課せられるのは納得できないと感じてしまう。さらに言えば、自分が企画・設計した製品を否定されているようにも感じてしまうのだ。

要するに、設計が全て終わってから「標準品が使えるように詳細設計をしてください」と後出しで要請すると、担当から猛反発を食らってしまうのだ。無理やり使わせても本人のモチベーションが下がっているし、なかなかバグがなくならず、パフォーマンスも上がらない。

マ・クベもやはり設計が終わっていた部分については手を出すことができなかった。

しかし、部品の共用化・規格化・標準化を行うことを前提としてスタートしたモビルスーツ設計では、すんなりと受け入れられた。現場においても、最初から共用化するコンセプトを明確にした上で、生産コストを意識しながら設計に入ると言う手順が大変重要となる。

 

ゴッグやズゴックも、戦争末期(ガンダム0080の時点)にはハイゴッグやズゴックEとして配備されていた。フォルムは大幅に変わっていたものの、これら第2期生産型と呼ばれるモビルスーツたちは非常に高いパフォーマンスを発揮した。モビルスーツの乗り換え訓練が容易になり、パイロットの配置転換もスムーズに進んだものと思われる。

マ・クベのモビルスーツ部品の共用化は結果的にはコストを引き下げて大成功を納めた。

事前に部品の共有と削減のコンセプトを打ち出し、設計段階から生産工程を意識しながら製品を生み出していくプロセスが非常に重要であることがお分かり頂けたのではないだろうか。

マ・クベに対する見方が改善されれば幸いである。

参考文献:機動戦士ガンダム公式百科事典(皆川ゆか編著:講談社)

注釈:「マ・クベは大佐ではなかったか?」

統合整備計画を立案した当時は少佐だったのです。マ・クベが大佐に昇進したのは「ジオンはあと10年は戦える」と資源を持ち帰った時なので、本稿では少佐と記載しております。ご了承ください。

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